八ヶ岳便り -3- (オニグルミ)

TOMOKOです。八ヶ岳の魅力の一つは、農産物が豊富で安いことです。何しろ田んぼや畑が圧倒的に多い土地柄ですから、当たり前といえば当たり前ですね。生産者が直接、販売所に持ち込むために新鮮で安いのですが、農薬の不使用も明記されていて、さらに安心です。


こうした農産物の販売所はあちこちにあるのですが、私はパノラマ市場というところが気に入っていて、旬の野菜をここで手に入れることにしています。時には都会のスーパーなどでは見かけないような珍しい野菜類が並んでいたりして思わずワクワクしてしまうことも。お店の人も近所の主婦のような気さくで親切な方ばかりで、質問にも丁寧に答えてくださいます。



そんなある日、いつものようにパノラマ市場に立ち寄ると、珍しく空いていて、髪の毛を後ろに束ねた初老の男の人がお店の人と立ち話していました。その人にはコーヒーまで出して接待している様子から、きっと常連さんなのだろう、と思いながら、私は野菜を選び始めました。


大根、ネギ、ジャガイモ、無農薬のお米も買おうかな・・・おや、これは何?もしかしてオニグルミ?ネットにいっぱい入っていて200円、安い!どうやって食べるのかしら、とお店の人に尋ねると、1時間くらい水に漬けたあとフライパンでから煎りして、ピキッと割れ目が入ったら、金槌で叩き割るという事でした。普通のくるみよりも少し小粒ですが、味は断然いいということだったので、試しに買ってみようとかごに入れたとたん、先ほどの男の人が私に話しかけてきました。



「オニグルミなんて、買うもんじゃないよ、ここらでは拾うもんだよ。俺もさっき拾って来たばかりだ、なんなら見せてあげよう」と言ってスタスタと車の方に歩いて行き、ビニールの袋を持ち出してきたのです。

「ほら、こんなに。」

確かにまだ土がついていて黒っぽいけれど、ビニール袋にはオニグルミがいっぱい入っていました。

「オニグルミの木って、どんな木ですか?葉っぱはどんなふう?どこにあるんですか?」思わず矢継ぎ早に質問してしまいました。

すると彼は私を手招いて近くの林に向かって歩きだしました。私は自分の買い物かごを主人に渡してから、走って彼の後を追いかけました。



林の入り口で、私を待っていてくれた男の人は木の枝を指して言いました。

「今は葉っぱが落っこちてるけど、これがオニグルミの木。実は緑色で葡萄のように房になる。その種が食べられるのよ。それで、こういう枝をね、ちょっと切って花瓶に挿しておくと芽が出るからさ、そうしたら図鑑で調べるわけよ。そうやって少しずつ学ぶわけさ。面白いよ。せっかく自然が豊かなんだから、楽しまなきゃ。季節ごとに毎日食べられるものを見つけられるようになったら、いいでしょ?」

それからの十数分間、私はいろいろな話を彼から聞きました。ああ、思わぬところで偉大な師に出会ってしまったのでした。



彼の車の助手席には、真っ白な美しい日本犬がおとなしく座っていました。近寄ってみると、きれいなばかりでなく、賢そうで、素晴らしくかわいいのです。青い車に白い犬、絵になる光景です。窓に顔をつけて見とれていると、

「こいつはただの犬じゃない。松茸犬だ。あっ、それからトリュフも見つける賢いやつだ。」

というので、更に驚き、その話題でまた盛り上がりました。楽しさにすっかり興奮した私は主人と買い物かごのことをほっぽらかしていたことにやっと気づき、再びパノラマ市場に戻りました。



そしてその日は、オニグルミを一袋買うことにしたのです。いつの日か、自分でオニグルミをたくさん拾って、森の師匠(と呼ぶことにしました)のようにくるみがたっぷり入ったパンを焼きたいと、秘かな決意を固めつつ。


そうそう、私が横浜の家に帰宅してから、真っ先にしたことは、植物図鑑を手に入れることでした。

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